将来、子どもたちの職業の選択肢になるかもしれないサッカー選手以外の裏方の職業についての第15弾です。
実業之日本社から出ている『サッカーの憂鬱 2』(能田達規著)をテキストに、サッカーの裏方の職業をシリーズでお届けします。
今回はクラブ営業マンについてです。クラブ経営になくてはならない、クラブ営業マンという職業について、少し深く掘り下げてみましょう。
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CASE.15 あらすじ
photo:Bratislavská župa
場面はスタジアム、VIPルーム。今、会津ホワイティが無得点で試合に負けたところです。
「会津ホワイティ 弱いねー」
「こんなチーム、スポンサーになるとこあるのかね?」
クラブ営業マンが、一人ぽつんと取り残されます。スポンサー獲得、失敗です。
※『サッカーの憂鬱』では、日本全国にJリーグのような「Nリーグ」があるという設定で話が勧められています。会津ホワイティもNリーグのチームです。
クラブ営業マンとは?
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プロクラブは、スポンサーがついていないと運営していけません。選手獲得、スタッフや選手の給料、もっとお客さんを呼ぶための宣伝料…それらを出すには、どうしても財源が必要だからです。
スポンサーとなるのは、企業がほとんどです。企業側にしてみたら、
「このチームに自分の会社の名前が入れば、どのくらいの広告効果があるのか?」
「このチームに出資することによって、自分の会社のメリットはどのくらいあるのか?」
「このチームに自分がお金を出すことで、会社がどのくらい親しみを持ってもらえるようになるのか?」
というシビアな判断を下さないといけません。
なぜスポンサーになるの?
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Jリーグでも、スタジアムに企業の名前を入れたり、ユニフォームにたくさんの企業の名前が入っているのが普通です。本来は会社名をテレビの電波に乗せようと思ったら広告料がかかります。試合中は頻繁に会社名が映りますので、ずっと社名を宣伝していられる状態になります。
テレビだけではありません。新聞も同様です。
例えば、読売新聞に広告を載せようと思った場合、全国版の朝刊に7.5行以下の広告を色刷りで入れると、632万円かかります(2016年度の読売新聞の広告料を参考にしています)。
勝てば選手が喜んでいる写真の腕に入っている企業のロゴが、新聞社への広告料なしで全国版にカラーで載ります。サッカーチームのスポンサーは会社名しか映りませんので、写真になったとしても実際に広告と比べることはできないかもしれませんが、社名だけを載せるのにも広告費用が掛かることを考えると、馬鹿にできない効果かと思われます。
これが広告効果となります。中小企業にとっては、自分の会社の名前をサポーター全員に知ってもらう機会になります。チームに出資していることによって、そのチームのサポーターから製品を買ってもらえることもあるかもしれません。
社名に親しみを持ってもらう、知名度を上げるためにチームに出資し、チームの露出が増えていけば自社の知名度も上がっていく。これが、クラブ営業とスポンサーになる企業の「win-win(双方にとってメリットがあること」なのです。
クラブ営業の仕事
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クラブ営業マンの仕事は多岐にわたりますが、その中でも
・法人営業
・チケットセールス
が主な仕事です。
自分のチームのスポンサーになってもらうには、とにかく企業にもメリットがないといけません。
チームの露出が増えれば自分の会社名の露出も増える、企業イメージがアップするというwin-winの関係は、チームが上り調子の時は問題ありません。が、負け続けていると新規スポンサー獲得どころか、既存のスポンサー離れも出てきます。
負け続けることは、「企業のイメージが低下する」と言ってスポンサーを降りる企業も増えます。その企業を食い止め、新たなスポンサー獲得に走り回らねばいけないのがクラブ営業マンです。
クラブ社長の記事でも書きましたが、「社長室の社員は全員、脱げます」という状態がクラブ営業の現場でもあることは想像に難くありません。
クラブ社長の記事はこちら
サッカークラブならではの仕事
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営業はどこの会社でも行う企業努力ですが、クラブ営業マンには、サッカークラブならではの仕事があります。それは、イベントの企画運営など。来場者数を増やす広報のミーティングに加わったりもします。
横浜FCの場合ですと、
・スタジアムでのチケット販売
・サポーター対応の手伝い
・地域イベントの企画運営
なども仕事内容に含まれているという求人広告が2015年に出ていました。
Jリーグの営業収益事情
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Jリーグについて調べてみると、チームの営業収益について面白いことがわかります。
チケット収益が多いのは浦和レッズ
2012年度の資料ですが、J1で一番営業収益を上げているのは浦和レッズです。しかも、2013年度の資料では、浦和レッズはJリーグの中でも、チケット収益がダントツに高いのです。広告料に頼らなくても、チケット収益とグッズ販売の比率を高め、安定したクラブ経営をしています。
Jリーグの2013年度のチケット収益の平均が、1クラブあたり6億9300万円なのに対し、浦和レッズは21億3200万円。桁が違います。
浦和の特徴は、観客動員数がどの試合でも多く、定価に近い収入が得られていることが推測されます。しかも、浦和レッズはチケットの割引販売や無料配布はほとんど行っていません。しかし、これができるのは観客動員数が多く、熱心なサポーターが多いチームだけ。
チケットが売れないチームだと、スポンサーチケットとしてスポンサーにチケットを買ってもらい、それを配ってもらって観客動員数を増やさないといけません。Jリーグへの昇格条件として、観客動員数もあるからです。
安定収益を上げているのは川崎フロンターレ、ヴァンフォーレ甲府
川崎フロンターレの強みとしては、富士通がバックについているところです。大企業がバックについていても、営業成績によっては赤字になってしまうのがこの世界ですが、川崎は営業費用を圧縮して黒字を重ねています。
川崎は等々力競技場を改修後、観客動員数が増えることが予想されます。広告収入の半分くらいが富士通グループのものであることを差し引いても、今後もっと大きな飛躍があることでしょう。
川崎フロンターレはそのユニークな企画で、どんどん地域密着型の地元に愛着を持つチームとして認知されてきています。Jリーグのチームが成長する一番大きな要因は、「地域密着型」だということを考えると、今後が大変期待できるクラブです。
ヴァンフォーレ甲府は、かつて債務超過となったチームです。2002年以来営業収益は伸び続けており、大企業がバックにいない地域クラブのモデルケースとなるようなクラブに成長しました。
2001年の黒字額はわずかに258万円。ところが、2004年には平均観客数がサポーター数を上回り、2006年にJ1に昇格するとさらに営業収益は伸びてきています。あくまで身の丈に合った地域密着を心がけ、ファンを増やすことによって経営を維持しています。
「でも試合には勝てよなー!」
photo:Tom Childers
営業マンの成績は、チームの浮沈とセットといっても言い過ぎではありません。クラブの経営努力もさることながら、実際に現場で
「また負けたじゃない」
「勝てるようになったら来てくれる?」
「プレーオフ圏内に来たら声かけてね~」
「次負けたらスポンサー降りるぞ!」
という声を浴びているのはクラブ営業マンだからです。
頑張って獲得したスポンサーが、チームの成績低下に従って離れていくのを見るほどやるせないことはありません。自分が思ったような利益を企業に与えられなかっただけでなく、自分の愛するチームに対する失望を味わわせてしまうことのダブルのショックが襲うようです。
「俺たちも頑張ってる。だから、試合には勝ってくれ!」というのがクラブ営業マンの偽らざる叫びのようです。
こんな人はクラブ営業マンになれない
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クラブを運営し、盛り上げて存続させていくやりがいのある仕事ですが、「こんな人はクラブ営業マンになれない」という人が存在します。
サッカーをビジネスだととらえられない人
サッカーを純粋にスポーツだととらえてしまうと、企業努力をすることができなくなります。営業のためにはロジック(理論)が大切になってきます。
自分のチームを応援してもらうことが、相手の会社にどういうメリットをもたらすのか、どのような展望をもたらすのかについて論理的に説明できなくてはスポンサーもイエスとは言いません。
サッカーに対してとにかく熱いだけの人は「なぜ応援してくれないんだ!」と極論に走ってしまうことがあるようです。あくまでビジネスとして、冷静にできる人が望まれます。
公私混同してしまう人
特定の選手のファンだったり、チームの熱狂的すぎるファンだったりすると、公私混同してしまってクラブや選手に迷惑をかけることがあります。
クラブ営業マンになりたいジュニア選手のために
photo:Mish Sukharev
クラブ営業マンは、クラブの存続になくてはならない職業です。クラブを支えているのは、華やかなピッチで活躍する選手だけではありません。クラブ営業マンの地道かつ着実な努力によって、安定経営が可能になっています。
クラブ営業マンになるには、学歴は問われません。業界未経験者でもOKとされています。
ただ、一般の会社で営業職をした経験のある人はなりやすいようです。普通自動車免許も必須になります。
求人が少ない業界なので、知り合いを通じて引き抜かれたり、チームの公開講座をきっかけとして転職してくる方も多いようです。東京ヴェルディ公開講座を通して転職したことで有名なのは、東京ヴェルディ事業本部の奈良彬さんです。
「クラブは何を売っている?」
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クラブは、何を売っているでしょう?
チケットやグッズは、有形のものです。しかし、サッカークラブが売っているのは有形のものばかりではありません。感動や情熱という無形のものもたくさん売っています。
感動や情熱を売るお手伝いができるのがクラブ営業マンです。クラブの経営を支え、わくわくするような試合を作り出す基盤を固めている大事な職業です。
そのチームが好きだから、という理由だけでスポンサーになってもらうことは限界があります。チームを好きでいてもらうために、さまざまな企業努力が必要です。
好きなもののために努力し続けられる人、人に説明するのが得意な人に向いている職業です。
参考文献
『愛するサッカーを仕事にする本』(フロムワン編、アスペクト 2008年8月)
最後に
ゲーム制作会社のリクルーターをしている方の話を聞いたことがあります。ゲーム制作会社の求人では、「その会社のゲームが大好きすぎる人」は採用しないのだそうです。「だって、お客さんでいてもらったほうがいいじゃないですか。情熱だけだと売れるものは作れないし」。これは、クラブ営業の求人事情とも似ているなと思いました。
クラブを存続しているクラブ営業マンの方、そしてクラブを支えていてくれるスポンサーの方々、私たちにサッカーの楽しみをありがとうございます。
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