将来、子どもたちの職業の選択肢になるかもしれないサッカー選手以外の裏方の職業についての第4弾です。
実業之日本社から出ている『サッカーの憂鬱』(能田達規著)をテキストに、サッカーの裏方の職業をシリーズでお届けします。
今回は実況アナウンサーについてです。実況アナウンサーという仕事について、少し深く掘り下げてみましょう。
「子どもたちに知って欲しい!」シリーズのバックナンバーまとめはこちら!
photo:Dan4th Nicholas
CASE.4 あらすじ
場面は実況席。満員のスタジアムを完全に見下ろす位置で、今得点が入ったところです。
テレビ放映には、実況アナウンサーと解説者、その他ピッチリポーターなど、さまざまな「話す人」が必要です。ゴールが入って熱狂する解説者を見ながら、実況アナウンサーは心の中でつぶやきます。
「山西さん(解説者)は熱血解説…(中略)その分 実況の私は冷静に状況を伝えねば…」
業界屈指の狭き門、実況アナウンサーとはどんな職業なのでしょうか?
実況アナウンサーとはどうやってなるものなのか?
実況は、テレビとラジオの両方があります。今はテレビと言っても、地上波のテレビ局でサッカー放映をすることに加え、スカパー!やWOW WOWなどの衛星放送やDAZN等のネット配信など多岐に渡る配信方法が普及しています。
実況アナウンサーは、ただでさえ入るのが難しいテレビ局の各局のアナウンサー試験に合格して採用された人の中から、さらに配属によって決まるものです。スポーツ実況の場合は専門的な知識が必要とされますが、サッカーに詳しければ実況アナウンサーになれるという性質のものでもありません。
どんな人が実況アナウンサーになるの?
有名な「マラドーナ5人抜き」を実況した山本浩さんは、ご自身にサッカーの経験はありません。サッカー熱が日本でも高まってきて、いざサッカーを実況しよう、となったときに「若い人にやらせておけ」という風潮の中、サッカーを担当することになったそうです。
実況の鉄人として名高い八塚浩さんは、Jリーグ開幕前からサッカーの実況をしていますが、やはりご自身にサッカー経験はありません。スポーツ実況の実績についても、野球、競馬、ママさんバレーなどの実況まで経験しています。
八塚さんが「鉄人」と呼ばれるゆえんは、ピーク時には年間300試合以上を実況下実績によるものです。タフネスと知識欲など、しゃべる技能以外にもたくさんのものが問われる職業と言えるでしょう。
ラジオの実況アナウンサーといえば「DJ JUMBO」こと、中村義昭さんが有名です。中村さんは高校までサッカー部でしたが、理不尽な部活の体質に嫌気がさしてサッカー部をやめ、DJを志しました。
そして、いまだ女子の実況アナウンサーはいません。
サッカープレー歴が13年というフリーアナウンサーの新井麻希さんは、慶応大学時代は女子サッカー部のキャプテンでした。TBSを退社後は、ピッチリポーターとしても活躍されています。
CS放送やニコ動の実況アナウンサーは?
地上波に比べ、CS放送では、視聴者がいかに楽しめるかに重点をおくコメンタリーも多いようです。ここでは実況アナウンサーをメインで取り上げているため、コメンタリーについては割愛しますが、サッカー界を盛り上げている重要な方々です。
コメンタリーについてはこちらをどうぞ。日本のサッカー実況界で唯一ファンサイトを持つ倉敷さんの情報は2ページ目に載っています。
サッカー中継人物図鑑<スカパー!実況編>(参照サイト:Qoly )
ニコニコ動画もサッカーには実況が付いています。みんなで参加するお祭り気分を盛り上げることを重視するようですが、きちんと選手についての知識とサッカーについての知識を持たなければ、上手に盛り上げることはできません。
お祭り要素が強いためか、「ちょっと来てしゃべってる人」という印象を持たれがちなCS放送のアナウンサーたち。
でも、自分で資料を作り、時には自分で取材をし、データマンのくれる資料を自分の知識に落とし込んでいるところは地上波のまじめな実況と何ら変わることはありません。
フリーアナウンサー、永田実さんのインタビューにこの辺りのことは詳しく出ています。
お前の目玉は節穴かseason2
第15回 スポーツ実況に迫れ! フリーアナウンサー永田実の場合 前編(参照サイト:Webマガジン幻冬舎)
実況アナウンサーにひいきチームはないの?
実況アナウンサーは、公平かつ冷静に試合の様子を伝えなくてはなりません。実況中は、特定のチームの応援を公共の電波に乗せてはならない職業でもあります。
実況アナウンサーの仕事は、応援ではありません。試合の様子を冷静に伝え、初めてサッカーを見る人にサッカーの面白さ、今目の前で行われている試合のすごさを言葉で伝える職業です。
それでも、実況アナウンサーもひいきチームのある方はいらっしゃるようです。
もともとお気に入りのチームがあったり、長い間接しているうちにどうしても肩入れしてしまうチームがいても不思議ではありません。が、特定のチームの応援をしていることを仕事中に出すことはもちろん慎まれています。日本代表の国際試合でも同様です。日本代表の応援は解説者に任せ、冷静に対処している方が多いようです。
次には、アナウンサーの「聞きどころ」をまとめてみました。
聞きどころ①:解説者の知識を引き出す
実況アナウンサーと必ずペアになるのが、解説者の存在です。試合は一秒ごとに違う展開を見せます。その中で、重要なプレイや、「これがわかると試合がもっと面白くみられる」という解説を解説者から引き出せるような質問を投げかけるのも実況アナウンサーの重要な仕事です。
漫画の中でも、ハーフタイムの両監督からのコメントをピッチリポーターが読み上げた後、「ディフェンス時のスライドとは?」と、分かりにくい言葉をピックアップして解説者に振っています。
サッカーをテレビやラジオで観戦する人の中には、サッカーについて詳しくない人も当然います。そういう人たちに目の前の試合を面白いと感じてもらうにはどうしたらよいかを90分を通して考え続ける必要があります。
聞きどころ②:試合の面白さ、臨場感を伝える
サッカー観戦は、スタジアムで見ている時と家でテレビやラジオで見ている時は見ている温度に違いがあるのは皆さんもご承知の通りです。スタジアム特有のあの熱気、雰囲気はテレビでは味わえるものではありません。
ただ自分が熱狂しているだけでは、その面白さは伝わらず、かえって白々しい思いを視聴者に与えてしまうでしょう。
言葉を使って、会場にいるかのような臨場感をどう与えられるか。そのためには、会場の様子なども盛り込みながらピッチの上の状況を的確に伝えていく必要があります。
熱血タイプの解説者を暴走しないように抑えたり、ピッチリポーターの解説を試合の展開を見ながらさえぎったりすることもあります。すべては試合の状態を視聴者に伝えるため、文字通り視聴者の耳と目になれるように試合を支配するのが実況アナウンサーです。
聞きどころ③:選手やチームの情報を伝える
サッカーの試合には選手がいます。選手やチームについても必要な情報は全て網羅し、必要に応じて視聴者に与えなければなりません。
サッカーの放送には、その裏にデータマンという人たちがいます。クラブの試合を報道するときには、クラブ広報が用意することも多いのですが、データマンとは各種データを取り揃えてくれる職業の人たちです。
データマン(あるいはクラブ広報)がくれる情報とは?
データマンが取ってくれる情報は、次のようなものがあります。
・リーグの詳細(順位表や得点ランクなど)
・審判団の詳細(プロフィールや今までの実績など)
・スタジアムの情報
・チームの詳細
・監督情報
・コーチやフロントなど、スタッフについての情報
・直近試合の様子
・監督コメント
・所属選手の情報
など、その情報は多岐にわたります。試合の面白さを伝えるために、当該チームの戦略や戦術的哲学も知っておく必要があります。
これだけの情報を頭に入れておき、場面場面に応じて引き出しを開けるかのように情報を提示し、解説者から面白いコメントを引き出さねばなりません。
実況アナウンサーの名言
実況アナウンサーの名言を集めてみました。試合の風景がよみがえってくるような言葉たちばかりです。
<J開幕20年、名実況が紡いだ歴史> アナウンサー山本浩の回想 「日本サッカー、幼年期の終わり」(参照サイト:Number Web)
NHK山本浩アナの名実況を振り返る(参照サイト:Allabout)
実況アナウンサーの「試合準備」
実況アナウンサーは、監督の一言、選手のワンプレーに意味を見出し、正確にわかりやすく視聴者に伝えなければなりません。
そのために、自分なりの選手名鑑を作っている方もいらっしゃれば、合宿や練習などに足を運んで取材をする方もいます。
アナウンサーというのはパーフェクトを目指しながら反省の道を往来し、努力に明け暮れる職業である(羽佐間正雄)
引用:トラさんのサッカー実況論!山本浩×倉敷保雄(前編)より(参照サイト:Jsports)
アナウンサーの使命は、『目撃者であり、代弁者であること』(サッカーの憂鬱)です。
実況アナウンサーをめざすジュニア選手のために
実況アナウンスのフレーズを真似したことのある選手もいるかもしれませんね。少し前は、「ゴ―――――――――ル!」という絶叫系の方もいらっしゃいましたが、最近は冷静な方が多いようです。
サッカーの試合の魅力を多くの人に伝えることができる仕事です。しゃべるのが好きな人、言葉をたくさん知っている人、無口でも誠実な人に向いているお仕事です。
実況アナウンサーになるには
ここでは、テレビ局の実況アナウンサーを想定して「なるには」を解説します。
テレビ局のアナウンサーは、最初にも書いた通り、かなりの「狭き門」です。最初からフリーアナウンサーで活躍することは難しく(仕事が来ません)、正社員として採用されてから経験を積み、実況の仕事の担当になるのを待つ、という道をたどるようです。
アナウンサーになるという強い意志があるなら、難関大学といわれる四年制大学を出ているほうが就職には有利なようです。キー局のアナウンサー倍率は1000倍とも2000倍ともいわれます。
ちなみに、男性アナウンサーの出身校で多いものは東大・早慶・法政・青学・学習院。
女性アナウンサーの出身校で多いものは早慶・上智・法政・青学・フェリス・成城・聖心となるようです。
どんな試験をするの?
実際、とあるキー局を受けたことのある人に話を聞いてみました。
①書類審査
学歴や特技、趣味や志望動機を書いた書類をあらかじめ提出し、審査が行われます。書類には写真を貼る欄もあり、普通の企業はバストアップの写真の提出を求められるところ、テレビ局では全身写真とバストアップの両方の提出を求められることが多いです。
そのため、アナウンサー受験専門の写真スタジオもあるくらいです。
②筆記試験
一般常識、時事問題などの試験が行われます。かなり難しく、幅広い知識が問われます。
③面接試験
この面接試験で、「800字程度の原稿を渡されて、音読してくださいと言われた。その原稿の中には、明らかに違うという部分と、これは正しいのか?という微妙な情報が含まれている。読むときに正しく直しながら読めるかどうかも問われているようだった」とのことです。
④さらに面接試験
アナウンサーとしての特性があるかどうか、会社に入ってから同僚や先輩とうまくやっていけそうかどうかを度重なる面接で判断され、ようやく合格となります。
アナウンサー試験を受ける人は、どんなことをしている?
一般的なのは、大学の「アナウンサー研究会(通称アナ研)」に所属し、発声や勉強を行います。アナウンサー養成のための専門学校もあり、ダブルスクールをする人も少なくありません。
法政大学のように、教職員有志や卒業生有志で「自主マスコミ講座」を作り、アナウンサーをはじめとするマスコミ受験対策に力を入れている大学もあります。
また、新卒(大学を3月に卒業予定の人)でないと採用が難しいことから、その年に就職できないと、もう一年大学に残って「新卒」の肩書をもらう人もいるようです。
高倍率を戦って、残ったわずかな人たちの中でもさらに経験や実績を重ねて実況アナウンサーになるには運が必要です。
参考文献
『愛するサッカーを仕事にする本』(フロムワン 2008年8月)
『スポーツアナウンサー 実況の真髄』(山本浩著 岩波新書 2015年10月)
『あなたもアナウンサーになれる!テレビ局アナウンス採用のすべて』(鎌田正明著 講談社 2011年7月)
『アナウンサーになろう!愛される話し方入門(YA心の友だちシリーズ)』(堤江実著 PHP研究所 2014年4月)
『アナウンサーとして生きる(AERA Mook)』(朝日新聞出版 2011年10月)
最後に
サッカーをテレビ観戦できる機会は一昔前に比べて格段に増えました。ところが、それほど実況アナウンサーの数が増えたかというと、そんなことはありません。決まった人がいくつも試合を実況していることが多いようです。
アナウンサーになるのは確かに大変ですが、それだけに責任もあり、社会的な影響力もあり、やりがいのある職業だということができるでしょう。
ジュニア選手年代は、これから何を目指すにしても、不可能なことは何一つありません。たくさんの視点を持って、なりたい仕事を見つけ、夢に向かっていくことを願っています。